ホラー・スプラッタ
2003年3月30日 ●Boston●日常徒然Originally, U.S. forces had sought to bypass urban centers in the south, such as An Nasiriyah, in the drive to reach Baghdad quickly. Instead, commanders have been forced to divert resources to secure cities on the route, hunting down militia fighters who hampered the flow of supplies along routes from Kuwait.
計画では、米軍はナシリヤ(?)など南部の主要地域を迂回して、早くバグダッドにたどり着く経路を捜索している状況のはずだったが、実際にはクウェートからの補給路を断とうと目論むイラク兵士を食い止め、食糧や燃料などの配備を確実にすることを余儀なくされている状態である。
持久戦や国家規模の広い範囲の戦争になると、
こういう問題が出てくるのですね。。。
過去、三国志というゲーム(初代から、、、)をやっていまして
兵糧攻めという形で、相手を倒すことをやっていましたが、
現実でもあるっていうのは、なんだか、、、
大戦略とかやったことないけれど、
そういうファクターはあるのでしょうか?
−−−
ホラー・スプラッタ
昔から大嫌いで映画なんて絶対に見ないし、
遊園地に行った時も、100%おばけ屋敷系には入らない。
みんなが行ってしまって、1人寂しい時間を過ごすことになろうと、
盛り上がりを下げさせることになろうと、
盛り上がりについていく事ができなくなろうと、、、
かまわん!キライなんだ!
ゲゲゲの・・・や、「早く人間になりた〜い!」は
好きだけど。
合理化できるアイデアとして、
あぁいったヴィジュアルっていうのは、
実際に語り継がれてきた怨霊であり妖怪であり、
そういったものが、エンタテインメント化したものですよね。
そんな軽く扱っていいものなのかなという思いもあります。
霊的な怖い思いをして、トラウマになってしまった人、
霊を成仏させ、供養する住職様他。
うさんくさい霊能力者はいるものの、、、
本当に神仏として扱っている人もいるのでは?
昔、ミサンガが流行ったときに、
ラモスが、南米では神様のリングとして扱われているものを、
そんな安易にファッション化してはいかん!と言ってましたが、
そういうことです。
以前、そんなアイデアをどうして抱いたのか知らないし、
どっかからの受け入れたのかもしれませんが、
とにかく自分に沁み込ませて、
自分のホラー映画嫌い論を打ち立てました。
で、話はどこに飛ぶかというと戦争です。
もう本当に死体の山が築かれていることでしょう。
はたして、スプラッタ映像好きの人たちは、
現実の問題として直視できるのでしょうか?
その裏に潜んでいる複雑な背景の重さを理解しようと、、、?
なんか死に関して好奇心を抱いている連中は
ある意味、怖いと思うのです。
事故・事件が多くて「死」が日常化してしまうのも問題ですが、
それ以上、問題のように思うわけです。
事故等で親族を失って、身元確認した人など、
スプラッタ系のお茶の間映像とか、どう思うのかな。
やっぱり見れないのでは、、、?
怖くて悲しくて。
エンターテインメントは価値観を狂わせる。
過剰な恋愛とかは、まぁよく語られると思うけれど、
死についても、似たような考察が必要ですね。。。
でもエンターテインメントでも良いものは良いと思うのです。
戦争映画って怖い映像とかありますけれど、
人として見なくてはいけないっていうような
感覚が芽生える事があります。そして直視できる。
でも戦争に関連する映画を
ただの感動ものに変えてしまったりするのもなんか嫌な感じ。
「パールハーバー」は、
そういう意味では批判されて当然の映画であったかと。
見てないけど。。。あはは。
そういえば、ヒロシマでのことを、
大掛かりにも、映画化したものってありましたっけ。。。
世界規模で扱われるべき題材のように思いますけれど?
御地蔵さんが涙を流す話は覚えています。
その映像まで覚えています。
エンターテインメントというより、教材って感じでしたが。
戦争の犠牲者について、
なんか述べたかったんだけど、
よくわからなくなってきました。
これにて終了。
計画では、米軍はナシリヤ(?)など南部の主要地域を迂回して、早くバグダッドにたどり着く経路を捜索している状況のはずだったが、実際にはクウェートからの補給路を断とうと目論むイラク兵士を食い止め、食糧や燃料などの配備を確実にすることを余儀なくされている状態である。
持久戦や国家規模の広い範囲の戦争になると、
こういう問題が出てくるのですね。。。
過去、三国志というゲーム(初代から、、、)をやっていまして
兵糧攻めという形で、相手を倒すことをやっていましたが、
現実でもあるっていうのは、なんだか、、、
大戦略とかやったことないけれど、
そういうファクターはあるのでしょうか?
−−−
ホラー・スプラッタ
昔から大嫌いで映画なんて絶対に見ないし、
遊園地に行った時も、100%おばけ屋敷系には入らない。
みんなが行ってしまって、1人寂しい時間を過ごすことになろうと、
盛り上がりを下げさせることになろうと、
盛り上がりについていく事ができなくなろうと、、、
かまわん!キライなんだ!
ゲゲゲの・・・や、「早く人間になりた〜い!」は
好きだけど。
合理化できるアイデアとして、
あぁいったヴィジュアルっていうのは、
実際に語り継がれてきた怨霊であり妖怪であり、
そういったものが、エンタテインメント化したものですよね。
そんな軽く扱っていいものなのかなという思いもあります。
霊的な怖い思いをして、トラウマになってしまった人、
霊を成仏させ、供養する住職様他。
うさんくさい霊能力者はいるものの、、、
本当に神仏として扱っている人もいるのでは?
昔、ミサンガが流行ったときに、
ラモスが、南米では神様のリングとして扱われているものを、
そんな安易にファッション化してはいかん!と言ってましたが、
そういうことです。
以前、そんなアイデアをどうして抱いたのか知らないし、
どっかからの受け入れたのかもしれませんが、
とにかく自分に沁み込ませて、
自分のホラー映画嫌い論を打ち立てました。
で、話はどこに飛ぶかというと戦争です。
もう本当に死体の山が築かれていることでしょう。
はたして、スプラッタ映像好きの人たちは、
現実の問題として直視できるのでしょうか?
その裏に潜んでいる複雑な背景の重さを理解しようと、、、?
なんか死に関して好奇心を抱いている連中は
ある意味、怖いと思うのです。
事故・事件が多くて「死」が日常化してしまうのも問題ですが、
それ以上、問題のように思うわけです。
事故等で親族を失って、身元確認した人など、
スプラッタ系のお茶の間映像とか、どう思うのかな。
やっぱり見れないのでは、、、?
怖くて悲しくて。
エンターテインメントは価値観を狂わせる。
過剰な恋愛とかは、まぁよく語られると思うけれど、
死についても、似たような考察が必要ですね。。。
でもエンターテインメントでも良いものは良いと思うのです。
戦争映画って怖い映像とかありますけれど、
人として見なくてはいけないっていうような
感覚が芽生える事があります。そして直視できる。
でも戦争に関連する映画を
ただの感動ものに変えてしまったりするのもなんか嫌な感じ。
「パールハーバー」は、
そういう意味では批判されて当然の映画であったかと。
見てないけど。。。あはは。
そういえば、ヒロシマでのことを、
大掛かりにも、映画化したものってありましたっけ。。。
世界規模で扱われるべき題材のように思いますけれど?
御地蔵さんが涙を流す話は覚えています。
その映像まで覚えています。
エンターテインメントというより、教材って感じでしたが。
戦争の犠牲者について、
なんか述べたかったんだけど、
よくわからなくなってきました。
これにて終了。
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